痛ましいほど楽園

言いたいことはありません

くれます

 

年末感がない。

29日に海外から帰ってきてそのまま法事に出て、時差ボケでぽわぽわしている間にもう大晦日。

することがなさすぎて意味もなくビールを開ける。

 

 

一年前のブログを振り返ると、2017年の目標は、

PS4を手に入れる

②行きつけのお店を作る

だったらしい。

成果はといえば、どっちも手に入れたけど、秒で飽きた。

手に入るとそんなにいらなかったことに気づく。

そう思うと、今年は「買ってよかった!」「これを手に入れて少し人生が変わった!」って物がなかったなあ。

毎年、ひとつくらいは象徴的な買い物があるはずなんだけど。

 

特に感想のない一年でした。

環境の変化は結構あったし、毎月旅行にも行った。

それでも、淡々と消化していった感じがする。

体調もほとんど崩さなかったし、嫌なこともなかった、みんな優しかったけど、それだけ。

一年前のブログには「今年はマジで体調崩しまくりでいいこともなくてつらかった、シクシク」みたいなことが書いてあった。

今年は、来年思い出すような感情もなかったな。

心があんまり動かなかった。

 

来年、うまく生きていける自信がちっともない。

就職先の懇親会に参加して、全然美味しくないレストランでイキった3年目社員の仕事論を聞きながら「来年からここでうまくやっていけるんだろうか」と不安になってしまった。

やるしかない、という覚悟が私には欠けているのかもしれない。

嫌な人はひとりもいない。

なのに嫌なのは私が悪い。

誰のことも嫌いじゃないんです、本当は。

良いお年を。

 

 

**のかけらの指輪を

 

子供の頃お世話になった人が、先日亡くなった。

 

うちは母子家庭だったから、母が夜勤の時は母の知人の家をローテーションで預けられていた。

それも小学校低学年くらいまでの話で、あまり記憶にはない。

好きな人、そんなに好きじゃない人、くらいの印象は子供心に抱いていた。

 

亡くなったのは、「好きな人」だった。

母より懐いてた、と聞かされるけどあんまり覚えてない。

お見舞いに行くと、「今日はお母さん仕事?ひとりで寂しくない?」と言われて、もう23歳だから大丈夫だよお、と笑った。

いまだに子供のままのイメージらしい。

 

見知った人が亡くなるたびに、エピソードでしか他者を語れない自分に気づく。

「優しい人だった」とか「誰とでも仲良く」とかそういう言葉は言えば言うほど遠く離れていくような、エピソードの中でしかその人は生きていないような、そんな気がしてしまう。

 

 

その人に関しては、たらこのエピソードばかり覚えている。

私は偏食で食わず嫌いの多い子供だった。

見たことない食べ物はよくわからないから食べない、あれも食べないこれも食べない、ご飯の時間は楽しくない、そんな子供だった。

数少ない好物にたらこがあったけれど、これも皮が気持ち悪いから中身だけちょっと食べてごちそうさま、って感じだった。

いろんなところに預けられてたけれど、たらこの皮をむいて出してくれたのはその人だけだった。

祖父母の家でも「わがまま言わずに全部食べなさい」だったし、そりゃそうだよな、王様じゃないんだし、と思っていた。

だから子供心に「こんなことまでしてもらえるなんて王様みたいな待遇だ」と秘かに感じたのだ。

 

今でも明太子の皮は少し気持ち悪い。

噛みきれないし、血管とか見えてるし。

でももう大人だし、もったいないし、わがまま言わずに食べなきゃ。

いや、全然食べるけど。

大人だから全然食べるけど、いつでもちょっとだけ、私にたらこの皮をむいてくれたあの人のことを思い出す。

もうたらこの皮をむいてくれる人はいないんだな、と思う。

私がなんでも美味しく食べられる大人になって、その分だけ時が流れたからあの人も亡くなった。

当たり前のこと、時は誰にも平等に。

そのことにちょっとだけ、噛みきれない思いをする。

 

おやすみなさい。

 

 

 

誰かに会いたいのに誰にも会いたくない日々が続いてる。

みんな優しい、と思う。

蔑ろにする人とは距離を置くし、好きな人にしか会いに行かないから当たり前なんだけど、みんな優しい。

でもみんな嫌いだと思う。

こんなに寂しいのに誰にも会いたくない。

誰かに会いたいのに友達みんなの顔を1回ずつ思い浮かべては「みんな違う」と思う。

 

人に優しくされたい、と思うけど、みんな優しくしてくれるでしょ、と言われそうだから誰にも言えない。

もっと何かが欲しいわけじゃなくて、ただ、なんか、わたしの知らないところで愛し続けるみたいに優しくして。

 

 

ずっと何かに怒ってる。

敵はいない。

 

誰も彼も優しいのに人に優しくできない自分が不思議だ。

ちっとも不幸じゃないのに世界一不幸、みたいな気持ちになる。

 

誰もわたしを不幸にできないのが不幸。

あったはずの愛とか信頼とかが裏切られたときに生まれるのが不幸だから。

みんな優しいけど、誰もわたしを不幸にはできない。

不幸せの犯人がほしい。

未来永劫呪える相手がほしい。

ごめんね、みんな優しいのに。

 

 

 

 

フランスの人間国宝展

「フランスの人間国宝」展に行きました。

日用品を買うこと、所有すること、そのために働くことについて。

 

フランスの人間国宝(メートル・ダール)は、日本の人間国宝制度を参考に、1994年に作られたらしい。

展覧会では15人の作家の手工芸品を展示していた。

 

羽根細工とか、ガラス工芸とか、鑑賞品寄りの工芸品も精巧で素敵だったけれど、私がとくに気に入ったのは日用品のほう。

傘とか、扇とか、鞄とか、眼鏡とか。

 

もしこのうちひとつでも持つことができたら、とか、プラスチックのレプリカでもいいからミュージアムグッズとして売ってくれないかな、とか、とにかく「所有できたら」という想像ばかりしてしまった。

「これが買いたい」とか、「私のものにしたい」とかって、美術館や博物館ではあんまり感じない類の欲望だと思う。

でも展示されているのが日用品になった途端、「欲しく」なってしまうのは少し俗っぽくて、庶民らしいこころの動きだなと思っておかしかった。

 

おばさんたちが

「素敵ねえ」

とか

「こんなの持ってたら、葬式の時とかにパッと開いて……」

とか話してたのも良かった。

普段は、美術館でおばさんたちが連れ立って喋っていると「うるせえな」と思うんだけど、今回ばかりは「そうだよねえ」と思ってしまった。

人間国宝の作った最高の扇子が恭しく展示されてたら、そりゃ「こんなの持ってたら」って考えたくなっちゃうよね。

 

ところで、私はアーツ・アンド・クラフツ運動がすごく好きだ。

正確には好きというより必要だと思う。

(アーツ・アンド・クラフツ運動はすごく簡単に言うと、19世紀末に、産業革命によって粗悪な工業製品があふれた世の中で、「職人による手工芸品を見直そう、生活の中にこそ芸術はあるべきだもの」という動きです)

この「生活と芸術の一体化」、蔑ろにしがちである。

だって、われわれ若者は本当にお金がない(大きく括るのは良くないかもしれないけれど)。

それに、傘は盗まれるし、食器は割れるし、眼鏡も寝起きに踏んづけたらおしまいだし。

自慢する相手もいないし、いたとしてもどうせその人だって私と同じくらいお金がない。

美術館で絵は観るけれど、鑑賞と所有はまた別の話。

1000円で観られる美術館の絵が、私の生活の中で精一杯の「芸術」だ。

食器も、眼鏡も、傘も、安くて実用的なものはたくさんある。

壊れても失くしても諦めのつく、代わりのきくものを持つのが、身の丈に合っている。

最高の物に見合った「ていねいな暮らし」はまだできない。

「時計なんかiPhoneでいいじゃん」

「傘なんかどうせなくなるんだからビニ傘が合理的だよ」

それはたしかにそうなのだ。

事実、そう。

 

それでも、それでももし、「最高のひとつ」を持つことができたなら、と想像することを私たちはやめられない。

もしも毎日目にする日用品のうち、最高のものを生涯で一度でも手に入れることができたら。

一生その日のことを忘れないだろう。

生活の中で使うたび、何度でも新鮮に、それを手に入れた時のこころの震えを思い出すだろう。

そういう「最高のひとつ」をいつか手に入れるために人は働くのだ、と言われたら、納得しちゃうと思う。

安くて実用的なものがたくさんある世の中で、それでも私はいつか手に入れる「最高のひとつ」のために働きたい。

合理的じゃないけれどこころを震わせる「芸術」を、生活の中で所有したい。

 

最近はお金がなくて気持ちまでひもじい。

人間国宝の手工芸品じゃなくても、もっとアベイラブルな「最高のひとつ」は日々生み出されていて、しかしそれすらちっとも手に入れられない。

リボ払いの返済のためにバイトする日々とか、卒業したら待ち構えてる奨学金の返済が私の現実であり、生活なんだけれど。

それでも想像することだけは止めちゃいけないな。

「最高のひとつ」を所有したいこころの動きを「見栄をお金で買ってるだけ」みたいな言い方は死んでもしたくない。

今はとりあえずビニール傘。

歪んだ眼鏡のつるに輪ゴムを巻いてすべり止めにしてる日々。

これが私の身の丈、今はまだ。

でもいつか。

 

 

彼のような彼女と

 

三連休のこと。

 

大好きな先輩と関西に行った。

先輩の好きなアーティストのライブの付き添い、みたいな感じで 。

私自身はすごくファンというわけでもないんだけれど、前から3列目のチケットを当てちゃって、ラッキーガールなのかも、と思った。

(実は先々週に四国のライブにも行ったのだけれど、それも前から2列目だった)

私は知らない曲もあるくらいだから3列目なんて畏れ多い、上手くノれなかったら嫌だな、と思ってたけれど、先輩が楽しそうだったから当ててよかった。それが全て。

 

ライブの後お酒を飲んでたら急に生活がつらくなってきて、

「毎日他人に蔑ろにされる生活が耐えられない、悪い人はいないけれど失礼な人はいっぱいいる」

とワアワア泣いて、先輩が取ってくれたちょっと良いホテルの広いベッドでそのまま寝て、次の日は目が腫れすぎて一重になった。

 

私にとって善良じゃない人の愚痴を言うために、私にとって善良な先輩との時間を使う羽目になった。

先輩を困らせることに比べたら、失礼で善良じゃない人に嫌われたり気を遣われることなんてまったくどうでもいいのに。

毎日我慢してニコニコしてたけど馬鹿馬鹿しくなったので、週明けにでも辞める覚悟で業務改善提案をしようと決めた。

 

ライブのMCで、ボーカルが何かの拍子に「僕も毎日つらいけど」って言ったのがずっと頭に残っている。

つらいんですよね〜、って感じじゃなくて、もっとさらっとした、「当たり前のようにつらい」ってニュアンスだった。

こんなに顔がよくて、お金があって、歌が上手くて、好きな人に好かれて、好きな仕事でご飯が食べられてる人でも、人生がつらいんだ。

MCでぽろっと口に出るくらい、当たり前のことなんだ。

お金もなくて仕事もつらくて顔も良くないし好きな人にも好かれない私がつらいのは、なんかこう、不幸でも何でもなく、当たり前中の当たり前なんだ、そりゃつらいわ、と思った。

つらいことが定義であるくらい、人生は当然のようにつらくて、珍しくも不幸でも何でもなく、私もあなたもつらい。

この世には世紀末のような悪人は滅多にいないし、狂人のような悪意を持って接してくる人もいない。

それでも失礼な人はたくさんいるし、好意的なことはイコール善良なことではない。

全部当たり前のこと。

当たり前だからといって苦しみが減るわけでもないけれど、そういうふう世界のあり方と自分のあり方をすり寄せて行かなきゃなあ、月曜日からも。

平日を生きなきゃなあ、私たち。

という気持ち。

 

淡々とつらがるのも、ドラマチックに苦しむのも、どっちでも、楽な方を、その日の気分で選ぼうかな。

思想もないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙の中で良いことを決意する時に

 

先月、1年半やっていたボランティアを辞めた。

何だって始めるより終わらせることの方が難しい。

 

たまに、亡くなった患者さんの顔を、彼らの描いた絵を、詠んだ短歌を、撮った写真を思い出して眠れなくなる夜がある。

でもそれはちっとも美しい感傷じゃないし、ナイーブさでも何でもないと知っている。

私はあくまで他人として、部外者として、ただ彼らが生きていて、絵を描いたり歌を歌ったりして暮らしているのを見ていただけなのだから。

 

人に親切にしたいとかそんな気持ちで始めたわけじゃなかった。

ただ知りたかったんだと思う。

どんな境遇にあっても、何ができてもできなくても、人がすべて他者にとって特別で、代替不可能であること。

たとえ何にもならなくても、意味があってもなくても、人が絵を描いたり写真を撮ったりする心の動きの中に、確実に此在性(シンプルにいのちと言い換えてたっていい)があること。

一週間あれば花は枯れること(ボランティア先にはいたるところに季節の花が飾ってあって、毎週誰かが交換していた)、人は死ぬこと、人生は反復じゃないこと。

そういうことを、人に何かを与えようとする中で、私自身が与えられたかった。

 

思えば去年は、就職して、社員Aとしてできることできないことで割り振られたり交換されたりして、そのために泣いたり怒ったりうんざりしたり、毎日化粧して電車に乗ったりするのが耐え難く思えて、モラトリアムを延長したんだった。

(書き出すとひどく幼稚に見えるけど、切実なこころだった)

今はわりと(やっと?)、そういうのもやるしかないね、という気持ちでいる。

 

悪い人はいないけどちょっと失礼な人はたくさんいる。

雨の日の満員電車とか、風邪をひいてても関係なくやってくる平日とか、嫌われるのと同じくらいナメられるのが嫌だとか、そういうことに心を割く中で、思い出したりするだろうか。

覚えた歌のこと(60年くらい前の歌や、聖歌をやたら覚えてしまった)、水を替えた花のこと、私の人生から去っていった人や場所のこと。

生きることは本質的には反復じゃない(と思いたい)けど、不在のもの、かつてあったものたちから勇気をもらわないと歩くのが辛い程度には反復だ。

 

明日はレディースデーだから帰りに映画を観に行こう、ヤッター、がんばろう、みたいな、それくらいの単純さで生きていける日と、そうじゃない日があって、そういう日をやり過ごすための記憶は、やっぱり多い方がいいと思う。

 

 

明日はレディースデーだから、帰りに「アトミック・ブロンド」を観に行こう。

単純な、だけど切実なこころで生きていたいね。

 

 

 

 

 

もしも 間違いに気がつくことがなかったのなら?

並行する世界の僕は

どこらへんで暮らしてるのかな

広げた地下鉄の地図を隅まで見てみるけど

 

神の手の中にあるのなら

その時々にできることは

宇宙の中で良いことを決意するくらい

 

(流動体について/小沢健二

 

500キロカロリーのメランコリー

昨日、まあまあ酔っ払って、寂しくて仕方ない中書いたブログ(の下書きに残ってたやつ)です。

 

------

 

少し酔って、寂しくて気が狂いそうな夜に、ラーメンを茹でる。

やめたほうがいいかな、と5分くらい悩んだけど、どうせこんな夜のために買ったラーメンだ。

ちょうど明日で期限も切れる。

「気が狂いそうな夜のためのラーメン」、期限ギリギリの今日まで、出番がなかったことのほうが驚き。

534カロリー。うるせえ。

 

インスタントに欲求を満たしたい、そのためのラーメンなので、すぐに食べられるように扇風機で冷やす。

明日は多分、胃もたれで目を覚ます。

 

------

 


ひとつの記事にもなりきらない、断片的な寂しさだけれど、消すとまた別の寂しさが湧いてくるんだろう。
こういう、寂しい夜の下書きが、ブログにもTwitterにもたくさん残っている。

自嘲的な気持ち、暴力的な気持ち、許さないという気持ち、「エモい」気持ち。

いろんな激情を書いては、すべて消すこともできず、「下書きに保存」してしまう。

それってとっても卑屈だ。
誰にも知られなかった、死産の孤独として、積もっていく。
知られずに済んでよかったとも思うし、こういう半端な理性こそが私をひとりぼっちにしているのでは、とも思う。

 

文章にもなりきらない半端な寂しさだけど、深夜1時にひとりでラーメンを茹でた昨日の私を見捨てたくないな、となんとなく思った。

 

パリ、ジュテーム」の中の「14区」という短編を思い出す。

7分足らずのドラマだ。

アメリカ訛りの、たどたどしいフランス語で語られる、中年女性の旅行記。

異国でひとりぼっちで、世界からまったく相手にされない。

人と街は、冷たくもないけど優しくもない。

その断絶と絶望の中で初めてわき起こる、自由と幸福という感覚。

世界から断絶された孤独の中で、ようやくパリを愛し始めた女性のドラマ。

世界をドラマチックにまなざすことで劇的に生き始める話だった。

私にもいつか、そんな転回が、ひとつのポイントとして訪れるのだろうか。

錯覚や陶酔でなく。

 

 

今日はラーメンを茹でずに眠れる夜で、ラーメンを茹でずに眠れることが幸せだと知る夜だろう。