傷は浅いぞ
はじめて、お酒を飲みながら泣いた。
何かを飲み込みながら、何かを吐き出すのは、最悪の気分だ。
食事と涙は同居させてはならない。
そんなの、生きたいのか死にたいのか、わからない。
数日前のこと。
エンターテイメントの名の下に、「俳優」の名の下に、舞台上の神聖性と演出家の拘束力のもとに、心のやわらかいところに食い込むような、悪趣味で軽薄な芝居をやらされた。
私はもう俳優ですらない。
劇団はとっくに辞めた。
舞台上の緊張感とか演出家のクラップとか、そんな魔法はもう切れた。
すでに舞台人じゃない私にとっては、ただ悪趣味な空間だった。
反射的に涙が出るような、心のやわらかい部分は再びひりひりして、痛い。
何百回も人に「語る」ことで少しずつ前を向こうと積み重ねてきた、地道で途方もない時間は、エンターテイメントの名をした暴力の前に無力だった。
くやしい。不愉快だった。
代替可能な俳優としてでなく、顔と名前のある、代替不可能な個人として、「やめてよ!」って言えたらよかった。
あるいは、「なんでもやります!芝居のためなら何をやっても痛くはないです!」って言えないなら、舞台に上がるんじゃなかった。
最低だったけど、もっと最低なのは今の気分だから、もう二度と、酒を飲みながら泣かないと決めた。
生きたいのか死にたいのか体が混乱して、内臓がぐるぐるする。
私は明日生きるために食べるし、今生きるために飲む。
人の痛みを軽んじないでほしいけど、傷ついてるからって見くびらないでほしいのもまた事実。
安い弱みじゃないから、その場では泣かなかったんだよ。
こんな夜をいくつ泣きながら越えてきたと思ってるんだ。
これからも、いくつでも越えていくだろう。
傷ついたり傷つけたり、選んだり選ばれなかったりしながら。
生きてきたし、生きていく。
泣いて痛くて苦しくて寝れない夜でも、まだ負けてない。
傷は浅いぞ。