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痛ましいほど楽園

就留女のたのしい毎日

残り15の夜を前に

ちょっと気が早いけど、一年を振り返ります。

 

 

今年は本当に大殺界で、失恋、就活失敗に始まり、変な病気をいくつかしたし、悲しいこと、難しいことがたくさんありました。

 

昨日もちょうど、不当に悲しい目を見るようなことがあり、「さすが大殺界、最後まで気が抜けないなあ」と思ったりしました。

 

いいことと言えば、ジョジョを読み始めたことくらい。

(でも勢いあまって全巻揃えたら、クレジットカードが止まり、カード会社から電話が来て、はじめて親に借用書書いて借金しました)

 他にはとくに思いつきません。

 

それでも、今年も、手首を切ったり、食べたものを吐いたりせずに365の夜を、この心と身体ひとつで乗り越えてこれたのは、本当に幸運だったと思う。

尊厳が傷ついて、心がバラバラになりそうなピンチの夜に、ただ話を聞いてくれたり、お酒を飲むために駆けつけてくれた人のことを、私は忘れないでしょう。

いいことはほとんどない年だったけど、「この夜、この人がいてくれて本当に助かった、ありがたかった」と思うことは今までで一番多かったかもしれません。

 

昨日も、深夜に「また男に嘘つかれてた💢」とLINEしたら、普段おっとりした先輩が「頭大丈夫かな?殺そう」と言ってくれて、とても楽になった。殺そう。

 

 

老いや病など、正常に機能することができなくなった局面でこそ、他者との関係性の中で生きてることが際立って感じられる、と以前読みました。

最近、身をもってわかってきた気がします。

 

私は今年、「どこかに所属して、役割を与えられて、そこでの規範を信じて、何か価値を生み出しながら暮らす」というあり方から外れてしまい、なすすべなく、茫洋と生きてきました。

毎日身体が重く、起きたらまた一日が始まることが恨めしくて、自分が今どこにいるか、どこに行きたいのかもわからないような日々を送ってきました。

その中でいくつかショックなこともあって、ボコボコに殴られたような気持ちを何度も味わってきました。

それでも私は、ただの一度として、「自分には価値がない」と思ったことはないので、もしかしたら相当したたかで、幸運の星のもとに生まれているのかもしれません。

 

苦しい夜に、手首を切ったり、食べたものを吐いたり、何かを壊したりすることなく、「自分には価値がない」と思うこともなく、どうにか朝を迎えてきたということは、今年の私にとって奇跡のように思えます。

そして、この奇跡のような事実は、来年以降の私の「ピンチの夜」を助けてくれる勇気になるでしょう。

本当によく頑張った。

 

叶わなかった理想や、報われなかった情熱がたくさんあって、その挫けたもの、死んでしまったものを持って、また365の夜に立ち向かっていかなきゃいけない。

生きることは大変な重荷だ。

それでも、何があっても死なずに朝を迎えてきました。

私は多分、大丈夫でしょう。

いくつになっても許せないものや理解できないものはたくさんあるだろうけど、よく怒って、よく泣いて、したたかに生きていこうと思う。

 

来年の目標は、「PS4を手に入れること」くらいにしときます。